朝起きると太陽の光で部屋が明るくなり、夜になれば照明の光の下で本を読んだりスマホを眺めたりする。
そんな日常生活を送っている我々は、四六時中「光」に囲まれて暮らしているといえます。
では、「光って一体何なの?」と聞かれたとき、あなたはどう答えるでしょうか?
中学理科では「同じ物質内では直進する」「物体に当たると反射する」「水やガラスに斜めから光を当てると屈折する」といった特徴があることを学びます。
しかし、義務教育の範囲では「光とは、どういうものなのか?」「光の正体とは何なのか?」といった根本的な問いを学ぶことはありません。
実は、光の正体を探ることは、それだけ難しいことなのです。
ここでは、「光とは何なのか?」という問題について、(1) 光=粒子説、(2) 光=波動説 の2つの説を簡単に紹介します。
光の正体を探るには「光によって、どんな現象が起こるか」を考えるところから始まります。
光はまっすぐ進むという性質があり、物体に当たるとその後ろにくっきりとした影ができます。
一般的に、波は広がりながら進んでいくという性質をもちます。したがって、「光が波のように広がりながら進むような存在であるならば、物体の後ろにまで光が回り込むことで、完全にくっきりとした影はできないはずだ」と考えることができます。
万有引力(重力)の発見で有名な17世紀のイギリスの物理学者アイザック・ニュートンは、この考えに基づき、「光とは、波ではなく粒子である」と主張しました。
また、太陽光にプリズムを通すと、無色透明に見えた光が七色の光(虹色)に分かれることが知られています。これは、例えば赤色の光と青色の光で、プリズムを通過するときの角度(屈折の角度、屈折率)が違うことを意味しています。
この実験に基づき、ニュートンは「光は異なる屈折率をもつ色の粒子が集まったものだ」と主張したのです。
しかし、本当に光とは粒子の集まりなのでしょうか?
例えば2つのボールを正面衝突させると、ぶつかってはじき返され、進む向きが変わったり散乱したりします。
一方、2本の光の束を互いに交差させても、光同士がぶつかって散乱することはなく、そのまますり抜けて進みます。
このように、光同士が互いに通り抜けながら重ね合わさり、全体として明るくなったり暗くなったりするのは、波動の重ね合わせ・干渉とよく似た振る舞いです。
これを踏まえると「やはり光とは波動なのではないか?」と思えてきますが、17世紀当時はニュートンの威光もあり、「光=粒子説」の方が信じられていました。
しかし、18世紀から19世紀に切り替わるころ、イギリスの物理学者トマス・ヤングが行った二重スリット実験により、「光には波としてしか説明できない性質がある」ことが明らかになりました。
これがきっかけで、17世紀当時には鳴りを潜めていた「光=波動説」が、説得力のある説として認められました。
さらに、これで決着するかと思いきや、19世紀末から20世紀初頭にかけて、相対性理論でおなじみのドイツ生まれの物理学者アルベルト・アインシュタインが、新たな説を提唱しました。
彼は、光電効果の実験結果を説明するために「光は波として振る舞うだけでなく、光量子(後に光子と呼ばれる粒子)と呼ばれるエネルギーの粒としても振る舞う」と考える必要があることを示しました。
では、結局のところ光とはいったい何なのでしょうか?
この問いに対する答えを科学的に見極めるまでに、科学者たちは、ここまで述べてきたような粒子説と波動説の揺れ動く歴史をたどることになりました。
ヤングの二重スリット実験やアインシュタインの光電効果の実験の詳細、そして現代科学における「光とは何なのか?」という問題への解答は、次回以降の記事で解説します。
しかし、ここまで読んでくださった方の中には、「光の正体が分かったからと言って、それがなんなのだ?」と思われるかもしれません。
実は、こうした光の正体をめぐる議論は、やがて「量子力学」という新しい物理の誕生へとつながっていきます。
次回の記事では、ヤングの二重スリット実験を通じて実証された、光の持つ波としての性質について、詳しく紹介します。

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