私たちが普段目にしているすべての物質は、原子と呼ばれる非常に小さい粒子の集まりです。
そして原子とは、陽子と中性子からなる原子核のまわりを、いくつかの電子が回っているような構造をしていると説明されます。
このような「原子とは何か」という基本的なイメージは、中学理科の教科書にも載っている、いわば現代の常識です。
しかし、「陽子と中性子で構成される原子核の周りを、いくつかの電子が周っている」というのを、科学者たちはどのようにして特定したのでしょうか?
今回は、そんな「原子とはどのような存在なのか」が明らかになるまでの歴史(原子模型の歴史)を簡単に紹介します。
「そもそも、原子とは何か?」という問題については、1900年頃に活発な議論がなされました。その中で、いくつかの原子模型が提案されます。
1つは、イギリスの物理学者 J.J.トムソンが提唱した模型で、原子全体に広がった正電荷の中に、電子が散りばめられているというイメージです。
もう1つは、ニュージーランド生まれの物理学者ラザフォードが提唱した模型で、原子の中心に小さくて重い正電荷のかたまり(原子核)があり、そのまわりを電子が回っているというイメージです。
現在では、「原子の中心に小さな原子核がある」というラザフォード模型の考え方が正しかったと教えられていますが、当時の学者たちはこれをどう見ていたのでしょうか?
実は、これらの原子模型が提案された当初、多くの物理学者は「理論的にはトムソン模型の方が自然だ」と考えていました。
というのも、電子を普通の荷電粒子とみなして古典電磁気学の法則に従うとした場合、ラザフォード模型における電子の振る舞いには大きな問題があったからです。
そもそも古典電磁気学によれば、円運動のように加速度運動をしている電荷(粒子)は、電磁波としてエネルギーを放出し続けることが知られています。
この事実に基づくと「ラザフォードモデルのような状態が実現しても、電子はすぐにエネルギーを失い、最終的には原子核に衝突する」ことになります。
このことから、「ラザフォード模型のような電子の運動は古典電磁気学とは相容れないため、少なくとも理論的にはJ.J.トムソンの模型の方が自然だ」と考えられていました。
しかし、科学とは、観測や実験で得た数値から自然法則を明らかにすることを目指す学問です。
原子の正体を明らかにする実験をして、初めて「どちらの模型が正しいのか」を確認することができます。
そこでラザフォードは、金の薄い箔にα線(ヘリウム原子核のビーム)を打ち込み、その通り抜け方や散乱のされ方を詳しく調べる実験を行いました。
仮に金原子がトムソン模型のように「正電荷が原子全体にほぼ一様に広がっている構造」をしているなら、α粒子はほとんど影響を受けずに金箔を通り抜け、わずかに小さな角度で曲がる程度だと予想されます。
一方、金原子がラザフォード模型のように「中心に小さくて重い原子核があり、その周りはほとんど空間」という構造をしているなら、多くのα粒子は何もない空間をすり抜けてほぼ直進しますが、ごく少数は原子核に強く近づき、大きな角度で散乱されるはずです。
そして、ラザフォードらが実験を行った結果、ほとんどのα粒子はそのまま通過した一方で、ごく一部が大きな角度で曲がったり、ほぼ跳ね返るように後方へ散乱することが分かりました。
この観測から、多くの原子で、正電荷と質量の大部分はごく小さな原子核に集中していると考えられるようになり、ラザフォード模型が支持されることになったのです。
しかし、既に説明したように、ラザフォード模型は、電子がただの粒子であると考えると成立しないものでした。
したがって、電子もまた、光と同じく、ただの粒子ではないということになります。
それでは、電子とはいったい何者なのでしょうか?
その問いへの解答を提唱したのがフランスの物理学者であるド・ブロイです。
ド・ブロイは、「電子もまた光と同様に、粒子の性質とともに波の性質も持つ」と考えました。
仮に、原子核の周りを回る電子が波としての性質をもっていると考えると、「電子の波が円軌道にちょうど重なって定在波を作れるような状態」、すなわち「軌道の円周が電子の波長の整数倍となる軌道」にしか電子は存在できません。
そのような場合、電子の波は輪ゴムのように円形にかみ合った定在波(見かけ上、その場で振動しているだけに見える波)となり、安定して存在できると考えることができます。
このように電子が波としての性質をもつと考えることで、古典電磁気学では説明できなかった「電子が原子核に落ち込まず、特定の軌道に安定して存在する理由」を、直感的に理解できるようになります。
そして「軌道の円周の長さ=電子の波長の整数倍となる軌道しかとりえない」という条件を考慮すると、原子核まわりで電子がとりうる軌道を特定することが出来ます(詳細:量子力学、量子化学などの教科書)。
以上のように「原子とはどのような存在なのか」という疑問への解答を探る中で、「電子とは、(光と同様)波と粒子の両方の性質をもつ」と考えられることが分かりました。
原子模型の議論だけでなく、外村彰による電子の干渉実験などからも、電子が波として干渉しつつ、検出されるときには粒子として振る舞うことが実験的に確かめられています。
その詳細は高校物理や量子力学の教科書などにゆずることとします。
次の記事では、光や電子などのミクロな粒子が有する「波動と粒子の二重性」とはどういう意味なのか、という量子力学の基本的な考え方を紹介します。

コメント